金融ってなあに? - 近年の企業買収から見る金融とそもそもの基礎知識 (2: 銀行って、なに?)

4/25/2009
(注)この記事は2005年11月25日の記事の再録です。

さて、この10年でいろいろな意味で様変わりした金融機関といえば、
銀行をおいて他にはないでしょう。

新規参入を果たして、そのプレゼンスを見せ付けているもの、
市場から一旦退場し、そのまま消えたもの、復活したもの、
退場する前に(事実上の吸収)合併という形で今もその影を残すもの、
規模の原理を求めて拡大の一途をたどったもの。
その結果、いわゆる大手銀行のうち、10年前からひとつとして
そのままの形であり続けたものはなくなりました。
# 信託銀行で唯一ありますが。。。

ただ、銀行そのもののあり方も、金融商品の進化やテクノロジーの進歩に
伴って、この10年の間に業務の細分化や特化などを進めていった結果、
どこに行っても同じといわれた銀行にもそれぞれの変化が多少なりとも
見えて来ていると思います。

今回は、そんな銀行について再確認したいと思います。

そもそも、銀行ってなんでしょう。
教科書的ではあるものの、誤解を恐れずに思い切った説明をするならば、
銀行とは、お金を貸し借りし、また、決済手段を提供する企業、といえるでしょう。
言い換えるならば、銀行の本分は

預金
貸付
為替

の三つに尽き、また、そこから派生するさまざまなサービスが存在するのが
今の銀行業、といえるのでしょう。


さて、社会科の教科書を開くと、銀行とは間接金融という言葉で代表されるように

お金の余剰の起きている預金者から預金という形でお金を借りて、
お金の不足の起きている借入人に対して貸付という形でお金を貸している

のですが、後者だけを見ると、要は町の消費者金融や商工ローンといった
貸金業者となんら変わりはないのです。とはいうものの、確かに業として
お金を貸してはいるものの、銀行法と貸金業法とその業を規制する法律が
異なる、という法的構成以上に、不特定多数の預金者から預かっているお金を
元に人にお金を貸すこと、いわば負債を元に信用創造を行いながら貸付を行っている以上、
貸付に対するリスクには敏感にならざるを得ない立場にもおかれている、
という違いはあります。いわば、お金の余剰の起きている預金者は不特定多数の
個人である以上、その預金を守らなければならない、という観点から
貸付先もある程度確実に返済できるところ、もしくは、返済できる担保を持つもの、
と、コンサーバティブにならざるを得ないのが銀行の貸付に対するスタートポイントになるでしょう。

比較すると、貸金業者も彼らにお金を貸してくれる人への負債を元に貸付を行っている
とはいえ、銀行のように預金と貸付から信用創造を行っていない、要はハイリスク・
ハイリターンなものに業として貸す以上同様のリターンを取りに行くものしか
貸金業者に貸さないことから、銀行とは違う考え方にたつのでしょう。

さて、失われた10年と言われるこの10年、もしくは15年以上スパンを広げて
振り返るときに、まず見えてくるのは土地神話の崩壊、という起点でしょう。
土地の値段、というものは、銀行にとって上記のような背景に基づいて貸付という
信用供与を行う際には即物的ではあるものの確実であった以上、それに頼らざるを
得なかった、というのは、今のような将来のキャッシュフローを考えるという
アイデアが出てもほんの一握りの人だけであった当時を考えれば、仕方のないところ
だったのかもしれません。

でも、土地の値段が上がることが確実な世界において、土地の値段が上がることは
その人や企業に対する信用枠が自然と増えることであり、銀行から見れば
その人に貸すことで儲けにありつく余裕が増えることに他ならなかった訳ですから、
その昔の不動産バブルのときに、ひとつの土地につぎはぎのように抵当権が
設定されてはお金が貸し出され、価値が上がればさらに抵当権とともに増えた分だけ
お金が貸し出されていったのです。堅物の銀行員ですら、土地の値段は永遠に
下がることがないという前提でいたのです。

ひとたび、加熱しきった土地の売買に対する規制が掛かり、流動性を失って
その価値を失っても、土地そのものの姿は変わることはないはずなのですが、
価値を失って、結果として担保価値を失った土地は、支えていたはずの負債の
返済能力に満たなくなり、結果として担保付の債権は実質的には担保のない、
借主の返済能力にだけ依存するような債権に変わり、でも、土地の値段以外に
頼ることの出来ない借主は結局自分に掛けた保険金を当てにしても全額が
返せないのですから、最終的には不良債権と呼ばれる、貸した銀行にとっての
紙切れを生み出したのです。

最初のうちはまだよかったのです。子会社に保証会社を作って、そこに保証させて
貸し付けていたものについては、貸し倒れは全部保証会社が被ることになるのですから。
でも、そんな子会社も保証料でもらった以上に貸し倒れれば立ち行かなくなります。
といって、子会社を見捨てるわけには行かないのですから、最終的にはその処理に
追われることになるのです。

本来担保付で貸していたローンが帰ってこなくなって銀行でも、自由化で利息の
付け方が自由になったとはいえ、預金者には利息を払わなければなりませんし、
預金を引き出したいといわれたら、銀行にとっての借金である以上返さなければ
なりません。また、回収できなかったローンは損として計上しなければなりませんが、
株式市場に上場する企業として運営する以上赤字決算は出来ないので、なんとしてでも
この損を埋める必要もあるのです。
自分の持っているほかの資産を売却してでも、まだローンの返済能力の
ある貸付先からローンを回収してでも。。。

銀行が選んだ最初の道は前者でした。というのも、後者は貸付先との関係、
例えば定年退職者を無理無理重役で押し込んで、そのうち自分も行きたい先、とか
ある以上、ローンを引き上げることが何を意味するのかわかっていたからです。
要は、金の切れ目は縁の切れ目とは、よく言ったものです。
最初の頃はまだよかったのです。株は含み益が多少なりあったのですから。
でも、みんな資金化を図ろうとすれば株は全体的に売られることになるので
結果として株価は下がり、含み益もなくなり、最後には含み損が膨らむだけになるのです。

そして、株の含み益は消えうせ、不良債権が山積になり、国の護送船団でも
守りきれず、資本金も底をつく時、銀行といえども会社ですのでそれなりの終焉が
待っていたはず、なのですが、最後には

不特定多数の(個人)預金者の保護と
日本の金融システムの保護

の名の元に、破綻することなく国有化された銀行がいくつも出るという、
一種市場原理からは想像も出来ない現象が起きたのです。

結果として経営者の責任が明確化されることは、国有化された銀行が
再度民営化されるプロセスにおいて起きたごたごたにフォーカスが当たるほどは
あまり注目されることなく葬り去られた感はありますが、やはりこの再生プロセス
あたりから、銀行のサービスの細分化・特化が始まったように思われます。

例えば、ネット銀行の誕生は、ATM 利用料や送金手数料を主だった収益源として
個人向けに作られている、という本来の間接金融ではなく、もうひとつの決済機能としての
銀行に特化する銀行の誕生でもありました。

それに対比するのが、富裕層に対する銀行サービスの差別化という
抱え込みも、外資系の銀行を中心に激化し始めました。

法人に対しては、というと、
BIS 規制による自己資本比率の要求から、借り手の取捨選択という形での
「貸し剥がし」なんていう言葉も、従来のメインバンク制という名前の銀行による
企業の生死与奪の最終形態だったのかもしれませんが、その結果、
自ら貸しながら証券化の担保に供与することで銀行自身の貸借対照表の
コントロールを始める銀行の誕生もありましたし、銀行自体法人営業にのみ
特化して、従来の間接金融にとどまらない形でのコンサルテーションを軸にした
銀行も出てきました。

そして、一番衆知の目にさらされたのが、大手銀行、地方銀行問わず
多くの銀行が規模の拡大と救済のための合併を繰り返していった、ということでしょう。
合併は支店の統合と縮小を促し、ATM や電話、インターネットでの取引を促し、
同時に銀行員のポストを減らしたことで銀行員の数すらも減らしてきたのです。
それでも、全国に30万人(確か2005年3月時点)の銀行員がまだいるというから、
銀行業というのが、いまだに人の手で動いている産業だということがわかると思います。

まぁ、いずれにしても、お金を貸すロジックが、土地の担保ありきから、
土地の収益性とか、事業の収益性という形に変わりつつある中でも、
結局銀行の本業は最後はお金を預かり、貸すことと、決済方法の提供に
尽きていることに変わりはない、ということなのでしょうか。

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