近年の企業買収から見る金融とそもそもの基礎知識 (4: 保険会社って、なに?)

4/26/2009
(注) この記事は2006年5月4日の記事の再録です。

さて、銀行、証券、と紹介してきたこのシリーズ、金融機関としてあと
フォーカスすべきは、保険会社と大きく括るこの業態でしょう。

保険会社といえば、人の生き死にに大きく関係する「生命保険」と
けがや物の破損などに関係する「損害保険」とがあり、この失われたとされる
15年のうち、大きな痛手を被った業界は生命保険で、言うほど大きく取り上げられなかった
のが損害保険、という印象が強いかと思います。なぜでしょう。
まずは、よく見えない二つの違いから解き明かしながら、その違いが生み出した
この15年の格差について見ていきたいと思います。

さて、それぞれの保険会社は何を商品としているのでしょうか。
生命保険会社は、まず人が亡くなったときに遺族に契約した金額を
支払う、ということをしますね。では人はいつ亡くなるのでしょうか。
明日かもしれませんが、50年後かもしれません。
似た商品として、個人年金のような、40年後に向けて積み立てをして、
リタイア後に支払っていく、という物もあります。確かに
向こう15年間限りの死亡時の掛け捨ての保証のものもありますが、
基本的には銀行や証券会社で売っているような債券以上に
長い期間つきあって、最終的には何かしらもらうことになる
商品ばかりだというのがわかります。

それに対して、損害保険はどうでしょう?
例えば、海外に旅行に行くときの傷害保険。高々2週間くらいでしょうか。
自動車保険。火災保険。盗難保険。荷物の発送時にかける保険。
どれもこれも、長くても1年くらいで「掛け捨て」と言われるように、
払って、何もなければ戻らない、というものがほとんどでしょう。

さて、掛け捨ての場合、値段はどう決まるか、というのは、数学の時間に
学んだ確率の「期待値」の計算で決まる、というのがキーになります。
自動車事故に海外でのけが、火災などなど。たくさんの加入者がいればいるほど
一般的な発生件数を使った向こう一年間での発生確率と、そのときにかかるコストの情報が蓄積され
そこに経費や儲けを載せた金額が計算することが出来ます。
ということは、この確率の計算さえ失敗しなければ儲け続けるだろう、ということに
なるので、損害保険は景気にはあまり左右されない商売だというのがわかります。
しかも、その確率に関しては国があるていど決めてしまっていましたから、
価格に競争がないことで、よほどのことがない限りは損することなどありえなかった
商売だともわかります。

ところが、将来支払う債務を負ってしまう場合どうなるでしょうか。
人がどのくらいで死ぬかという大きな集団のなかで見いだすのは確率統計の世界
ですから、出来なくはない話なのは上記と同じです。

しかし、掛け捨ての場合、払わなくともいい場合があるのに対して、
生命保険の年金型とか終身保険の部分については、払わないでいい場合というのが
なく、しかも、払い出すタイミングがはやまったり遅まったりするだけで、
いつかは払わなければなりません。

これは結構大きい違いです。
となると、会社としては、確率を元にどれくらい払い出さねばならないだろうか
ということをある程度見積もって資金を準備する必要が出てくる訳ですが、
これは言い換えれば、常に高利回りで運用して将来に備えなければならない、
ということにつながってくるのです。
しかも、生命保険の場合、債券で言うところの利率に相当する予定配当率というのが
加入時にその最低ラインが決められており、それ以上は最低払わねばならない、
ということになっています。

となると、生命保険会社は預かった資金をもとに運用する最低目標が自動的に
設定されてしまい、それに突っ走らないと行けなくなってしまうのです。。。


さて、バブルがはじける前、このときは(今と同じく)不動産関連投資と株式が
高利回りを生み出していました。そこで、運用勘定にはパンパンになるくらいの
株式と、保険加入者への特に不動産購入のための住宅ローンの貸し出し、と言う形で
毎月支払われる保険料の運用にまわしたのです。世の中の金利水準も、そこそこ
高利回りでしたから、最低予定配当率も当時の加入者に対して高めに設定されて
しまったのです。

ところが、バブルがはじけたらば株式市場は最盛期の4分の1にまで下がり、
不況により個人破産も増え貸し出した住宅ローンも焦げ付き始めました。
そうなると、あとは体力勝負だけです。

そして、97年以降の金融の自由化の流れとも相まって、体力のもたなかった
保険会社は次々破綻し、参入を狙っていた外資系企業に買収されていくことになったのです。
また、銀行以上に債権回収の苦手な保険会社は、住宅ローンについて
借り換えリスクなどを負うことをさけるべく貸し出していた住宅ローンを
売却して資金を作り、BIS 規制に対応しようとしたのです。
余談ですが、生命保険会社も銀行と同じく保証会社を子会社にもって、
本体での貸し倒れリスクを子会社に押し付けるなんてこともやっていましたが、
これらも含めて貸し付けから回収まですべて自前で行っていましたので
本業から見れば、手間とコストのかかる副業、ということで、証券化をやりたくて
たまらない外資系証券会社などの格好の餌食となった、というのも今では昔話と
なってしまいました。

また、大都市は当然のこと、地方の中小規模の都市にも必ず一つは生命保険会社の
保有する建物がありますが、これは今時のキャッシュフローを見込んだ投資物件ではなく
営業拠点として拡大した営業員を抱え込むためにつくってしまった側面も強く、
当然地価下落とともに減価会計の波にさらされる可能性が高くなることから
十把一絡げでバルクセールと称して、これまた土地を買いあさりたい外資系の
ファンドの格好の餌食となった訳です。

でも、彼らはそうでもしないと自分たちの運用するポートフォリオの利回りを
生み出すことが出来なくなりつつあったのです。
確かに生命保険の料率の計算も国の提示する料率で行うことから
基本的な収益力は損なわれていませんでしたが、労働人口の頭打ちに伴って
新規加入者の減少で拡大が難しい商売にもなってきていたのです。
むろん、アカウント型の生命保険の導入によって転換を従来顧客にもとめる
ことで、どさくさに予定配当率を下げてしまう、ということもしましたが、
それでも、マーケットが低迷気味であった 2000年から 2005年までの間、
機関投資家として、本業である ALM からの収益というものにはやはり不安は
隠せないものはあったのでしょう。


では、損害保険業界は安泰であったか、というと、案外そうではなかったようです。
保険全般に言えることの一つに、一度加入者から引き受けたリスクのうち
一部は市場に流すことでリスクヘッジをしている、ということがあります。
例えば、100億円の保険を引き受けたとした場合、50億円を越えて100億円までの
保険、という発生可能性のきわめて低いリスクを取ってくれる同業他社から買うことで
自分自身は実際の自己の際には 50億円までだけの負担で済む、と言う形にするのです。
これが、「再保険」という仕組みです。

さて、この再保険のおかげで吹き飛んでしまった損害保険がありました。
その会社、テロ保険の再保険を引き受けていたのですが、9.11 によって
実際に保険の履行を求められてその引受額が大きすぎて飛んだ、ということです。
確かに確率は低かったかもしれませんが、実際のダメージは想像以上の額だったのですね。

とはいえ、銀行や証券のものの見方をするならば、常にオプションを売り買いして
その鞘で商売している損害保険会社は、外資系の損害保険会社による激しい商品の
売り込みなどの競争の激化はあれども、確かに生命保険などからみればまだリスクの
小さい商売にも見えるかもしれません。

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